COMPASSコラム  分断の先にあるものとは ― 揺らぐ「一国二制度」の現場から

分断の先にあるものとは ― 揺らぐ「一国二制度」の現場から

 香港市民の中国本土への身柄引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案をきっかけにデモの激化が続く香港。その動きとほぼ時期を同じくして台湾は8月、「一つの中国」を強要する中国政府から中国人観光客の渡航制限の発令(通達)を受けた。中国を介して「一国二制度」を共通項に揺れ動く両地域のいまは、沖縄にとって未来の示唆でもある。8月末から9月中旬にかけて、台湾、香港、中国・杭州を訪れ内外の影響を探った。

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失われる「正義」

 参加者が100万人を超えた最初の抗議デモから3カ月余り。香港訪問は空港閉鎖の可能性を避け、9月12日の平日を選んだ。すっかり時の人となった香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官による4日の逃亡犯条例撤回後、11・12の両日開かれる「一帯一路」香港サミット2019の余韻が感じられるタイミングを図った。

人通りがまばらな香港国際空港内のロビー

閑散としたSOGOの化粧品売り場=9月14日

 見慣れた活気ある香港とは打って変わって、那覇発のLCC機内、香港の空港ロビー、駅構内、商業施設、ホテルのいたる所でどことない静けさを感じる。キャセイパシフィック航空は夏休みの旅行シーズンにもかかわらず、8月の搭乗実績が前年同月比約4割減、主要デパートも同じく約4割ほど売り上げを落としているという。
 スーパーの食料品など地元客が対象の商品への影響はほぼないというが、とりわけ女性の別腹満たすスウィーツをはじめ、化粧品、宝飾品などは軒並み大幅な落ち込みで、いかに香港が中国本土や海外からの富裕層によって支えられていたかがわかる。

 香港政府が条例撤回を表明した後も、暴徒化したデモは抑制的になりながらも収束する見通しは立っていない。最も売り上げを見込む土日に集中して毎週のようにデモを繰り返されているほか、9月13日からの中秋節3連休でも抗議行動が行われ、商業施設は日中の閉店に追い込まれた。ここまで長期化すると、たとえそこに正当性があったとしてもさすがに嫌気がさす。国際社会においてもその「正義」は支持を失われかねない。

デモが行われる市内の道路=8月3日午後11時ごろ、ソールズベリー道路  

旅券を持たない客の入場を規制する空港出入り口

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見えない「指揮者」

   「世界一高額な家賃」で知られる香港は、数十年に渡って住宅やオフィスの賃料水準が前年実績を上回る状況が続いていた。背景には中国本土マネーの投資による価格の高騰もあった。インバウンド客の旺盛な消費と利益率の高い高級品を主軸にしていたからこその好況。長期の高度な経済循環を可能にしていた源泉の蛇口が締められた影響は計り知れない。いよいよ、ビジネスの足元で、家賃の滞納や賃料引き下げ交渉から閉店へと、なだれをうつように「香港撤退」=「香港脱出」が現実のものになる可能性をみる。
 香港生活50年を越える香港で最も成功した日本人と云われる師も、一瞬にして変貌した街の風景に戸惑いを隠せない。師が歩いた香港史50年を振り返っても、確かに97年の返還後で大きく2度ほど同様の危機なる風景を見た記憶はある。が、これほど長期化した事態を知らないという。継続的な活動を支える原資の出所と指揮者の顔が見えない状態は初めてといった様子。「100万人のデモに1人当たり千円のお茶代が支給されたと換算して、一回、10億円もかかるのだから…」と。
 巷では、大規模デモの「支援者」が誰かという話題が絶えない。背後に潜むは英国か、はたまた米国か?大陸の50代、香港の50代の友人女性たちからそんな憶測がこぼれる。そんな中で、中国政府の「自作自演論」も、今や決して的外れな推察ではないのかもしれない。事態が長期化し、破壊行為が横行すると、分断の先に何があるのか?とりわけ誰を利するのか?についての関心が疑問と共に強まる。

香港政府は9月13日付の日経新聞に政府見解を伝える意見広告を出した(左)。一国二制度を断固として守る決意や暴力を受け入れず、法に基づいた問題解決を目指すことなどを訴えた。“香港の良心”と評された陳方安生(アンソン・チャン)も「中国政府は約束を守るべき」と同時に「若者は暴力をやめるべき」と呼びかける(右)。

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踏み絵迫る「一つの中国」

 中国政府は2035年までに、広州や深センなど沿岸部の9都市にマカオや香港を取り込んだ湾岸地域一帯を世界経済の中核地に発展させようする「ベイエリア構想(大湾区計画)」を進めている。すでに香港と広東省をつなぐ橋や鉄道、海底トンネルなどのインフラを次々と整備し、着々と「一つの中国」への階段を上る。残るは相互の人的交流を促進し相互に依存させる中で、50年約束された「一国二制度」の形骸化となし崩しを図る。
 世界と中国本土を結ぶ香港経済の強みは一国二制度によって保たれてきた。だが、経済的に豊かになった中国本土、特に発展著しい沿岸部の人々にとって香港はもはや、かつて程、特別に魅力的な地でもなければ、本土に利益をもたらす存在でもなくなった。金融センターの機能としては上海だけでなく、ベイエリア内にも新たな金融センター創設の計画が進行し、香港の優位性や地位はかなり薄らいでくる。香港がその一帯で国際的な金融センターとしての役割、機能を維持できるか否かは「一つの中国」が踏み絵である。
 旅行で香港を訪れているのは、中国国内ではまだまだ発展途上の内陸部からの観光客が多いという。そのマナーの悪さに不満を募らせる一方で、ショッピング需要、つまり売上依存度が高まるという背に腹は代えられない状況にある。時に世界の観光地で見る風景はその近接性からも、ある種の香港の日常である。もっといえば、水やガス、電気のライフラインをも中国本土の供給に頼らざるを得ない現状において、香港の抵抗力、発言力が中国政府にとってどの程度の脅威になり得るのだろうか、疑問符がつく。逆に、デモの長期化と暴徒化で経済機能を麻痺させた香港側の責任論を顕在化させている。一国二制度が終わる2047年の期限を待たずとも、事実上の「シャットダウン」によってベイエリア一帯の税制や法制度を一体化させ、「一つの中国」の早期実現を目論む「兵糧攻め」の用意も整った様にも見える。

香港と広州を結ぶ港珠澳大橋は海上橋として世界最長。2018年10月に開通した。

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奪われる自由と、無関心

 香港返還以来の最大の危機とも言える状況に対して、当の香港人の受け止めは世代によって異なるようだ。1997年の英国からの返還時には、将来的な中国の支配を恐れた多くの住民がカナダや豪国の国籍を取得しており、有事の備えがある。だが、現在のデモの中心である子の世代の「脱出」のオプションは限定的。マレーシアへの移住申請は既に一年待ちの行列をつくると聞く。だからこそ、自由が奪われることへの必死の抵抗である。
 現地では政府や警察を支持しているとする「青」、抗議活動を支持しているとする「黄」をそれぞれのシンボルカラーに身を纏い、対立深める。長期化するデモは、最小単位の家庭内における親と子にも分断をもたらしている。汗水流し商売に没頭する親の脛をかじりながら、家計を脅かすデモに参加する子へのいら立ちが鮮明になってきたという。香港から中国・杭州へ向かう機内で知り合った20代の女子学生はまさに、そんな最小単位の対立からの逃避行の最中だった。漫画ワンピースが好きという彼女は、一人卒業旅行の名目であっても、デモに没頭する友人へは週末出発の8日間の旅の行き先が南京であることは「絶対に言えない秘密」と明かす。それでも明るく会話に応じる彼女の笑顔から、束の間の緊張から解き放たれた軽快さが伝わってきた。
 片や、杭州で出会った同じくワンピース好きの20代の男子学生にとっては、香港のデモなんてなんのこっちゃで全く関心がない様子。飲み込まれる側と飲み込む側の人生の乖離は、同じワンピースの愛読者でも天と地ほどの差がある。しかし、無関心貫く背景には、実は、SNSやネット検索で香港デモへの関心やその痕跡が残ればキャッシュレス決済時の自身の格付け(スコアリング)に影響しかねない懸念がつきまとうという事情もあるようだ。監視社会に抑圧された市民の自然な防衛本能が、無関心を助長している側面がある。

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有事への備え

 一方で、中国本土からの観光客に渡航制限が掛けられた台湾は、打撃が深刻な香港の現状とは対照的。本土が吹かす逆風を物ともせず、意外にも、化粧品や宝飾品を扱う大手百貨店さえ売り上げは好調だという。年明け早々に予定されている台湾総統選挙については、中国本土からの逆風は、むしろ追い風へと転換している様だ。

活気ある台北市内。中国客の渡航制限後も街は変わらず人であふれている。

 統一を迫る中国による武力行使、いわゆる「台湾有事」を想定して、台湾が防衛協力を求め、秋波を送るのは米国。したたかにも台湾は、総額80億ドル(8500億円)を投じて米国から戦闘機66機を購入し、米国の上得意客になった。その台湾が期待し頼るは、日米同盟ど真ん中にある、沖縄の”抑止力”だ。
 沖縄はこの緊迫した国際情勢に連なる自身の立ち位置をどれほど認識できているだろうか。台中の緊張が高まるほどに、沖縄も限りなくその当事者となって「緊張」に巻き込まれる。香港で発生した熱帯低気圧が、台湾付近で大型の台風へと発展し沖縄に差し迫る。分断の先にあるものはやはり、「 一つの中国」という勢力を拡大しながら迫り来る「統一」という名の暴風と高波。そのダメージを和らげるか、辺野古というマグマが更なる地震と津波を起こすか、分岐の調整弁は沖縄にこそある。繰り返し、しつこく万国津梁の鐘を鳴らし、今ある「平和」はすでに「危機」だと警鐘を鳴らしたい。

一国二制度を拒否する台湾。


一国二制度を固持する香港。

一国二制度を欲する沖縄。

 政治の原理は違えど、 強国・中国と日本の狭間で権力者や政治家諸氏の面子と忖度に翻弄され、混沌を強いられてきた沖縄。各地で分断が多発する令和最大の危機に、かつてアジアを融和で結んだ歴史に培われたしなやかな知恵が生かされる。平和的「解」を導くため、人知を尽くしたい。

(株)Polestar Okinawa Gateway 顧問 平良 尚也
(株)Polestar Okinawa Gateway 顧問 平良 尚也